わが家に「義母と息子のブルース」が流れる瞬間の話

義母との同居生活は大変な毎日です。
当然気をつかうことも多いです。
でもそんな我が家にも、義母と息子のブルースが流れる瞬間があります。

義母は母であり、父だった

義母は、私の大切な妻を産んでくれた母であることはもちろんですが、実はシングルマザーなんです。

義母は妻を授かるとすぐに保険の外交員に転職しました。
何よりも”稼ぐ”ためです。

 

そして幼い妻を朝8時から夜7時まで保育園に預け、時には友人の力を借りて、それでも妻が20歳になるまで”お金で苦労した”ことはありませんでした。(もちろん義母は苦労したのでしょうが)

 

だから義母は精神的にも包み込むような優しさを見せる時と、細かくて頑固な父のような顔を見せる時があります。

 

1人で子どもを育てる苦労は、私には想像すらできません。
しかし大好きな妻が今でも幸せそうにしている、その顔を見ていると、たまに泣きそうになることがあります。

義母には話し相手がいなかった

 

義母は福岡県の南側、大牟田出身です。
コテコテの九州男児の父親とこれまた厳しい母親に育てられ、働き始めると東京に引っ越しました。
地元の友だちも昔の同僚も、だれもいない土地で働き始めたのです。

 

九州男児の父親像がわかる人には想像できるでしょうが、当時まだ一般的でなかったシングルマザーで出産など許してもらえるはずもありません。
それも妻が生まれる時から父親はいないのですから反対されるのは想像に難くありません。

 

反対を嫌った義母は「誰にも言わずに出産」しました。

 

生後1ヶ月の妻を連れて、久しぶりに実家に帰ると義母の父は困惑したものの、明るく迎えてくれたようです。
それでも母の支援が受けられるわけでもなく、頼れる人はいません。

 

私は義母と特別に親しくはないですが、義母はこの話を私にしか話せない、と言っていました。

私がこの話を知っているのは、それだけ義母の近くに話し相手がいなかったということなのです。

わが家にブルースが流れる瞬間

テレビドラマ『義母と娘のブルース』では、親子2人の時間は孤独や悲しみを感じることもあったけど、それだけじゃなかったよね。

という意味で、ブルースが用いられています。

 

人生は悲しいブルースの連続だけど、不思議と笑顔はつながっていく。今まで見守ってくれて、ありがとう、かあさん・・。

引用:『義母と娘のブルースFinal』のラストより

 

義母は私を特別に愛してくれてはいません。
私も義母を実母のように思うことはできません。
むしろ普通の家庭と同じく、心の中では”敵対している”と思います。

 

それでも私たちは「大切な人を世界一幸せにしたい」想いでつながっています。
私たちをつなぎ止めるのは間違いなくそれだけです。

 

義母を嫌いになるのは簡単です。
たぶん嫌われるのも簡単でしょう。
でもそれをしない、させないために努力するのは、ただ妻の幸せを願うからなのです。

 

妻が出張でいない日の夕食のとりとめもない会話。
料理をつくってくれたお礼を言う時。

 

私たちがほんの少しの気づかいと微笑みをかわす瞬間、わが家にはブルースが流れています。
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