スマートさは世界を救う〜マタニティマークとお年寄りが子どもを引きずり下ろす悲しい事実について〜

今日のテーマは価値観が分かれるところなのかなと思います。

さっそくいってみましょう!

【スマートさって意識してますか】

ワタシは日本人にはスマートさが足りないとつくづく思います。

 

ワタシは海外至上主義ではありません。

 

浅草も京都も観光で有名になった地名ですが、地元の人は無条件に観光客を嫌います。

「やれ中国人は嫌いだ」とか

「バスが混雑する」

と言う人の何と多いことか。

 

観光地とはそういうものです。誰も訪れなくなった観光地はもはや観光地ではありません。受け入れる側の精神がまだ観光地としてのレベルにまで達していないのがよくわかります。

 

欧米と比較しても仕方がないですが、パリでもニューヨークでもどこでもいいですが観光地として名高い地の人々は、観光客そのものを嫌うということは全くありません。

むしろその土地に生きる者として矜持を持って自分のスタイルを貫いています

 

個々の体験から特別に日本人を嫌う人はたまにいますが今回の話はそれとは違います。

 

 

京都駅に行った時にワタシが真っ先に思ったのは

「みんなぶつかってくる」です。

普段から横浜駅を利用しているので人混みの歩き方を知らないとかそういう訳ではないつもりですし、横浜駅は京都駅ほど導線がしっかりしている訳ではないのでむしろ人にぶつかるリスクも高いです。

 

それでも横浜駅だと避けてくれる感覚を相互に感じるのに対し、京都駅ではそれとは逆の感覚を覚えました。

最初は関西の「せっかちさ」から来るものかなと思いました。

しかし駅からバスに乗るとさっきの事の実態が分かりました。

 

バス車内でワタシは座っていましたが、後に乗った観光客らしき若者が入口付近に立っています。

 

その後に乗ったお年寄りが少し狭くなった通路を舌打ちをし、その若者の肩にぶつかりながら歩いてきました。

その時点でびっくりしたのですが、どこでも見ない訳ではない出来事だったので特に気に留めませんでした。

 

しかしその次に乗った人もその次の人もみんなその若者にぶつかりながら奥に歩いてきます。

ワタシは「あぁ、なるほど」と思いました。

これは明らかに排他的な感覚から来るものです。

 

その時ワタシは京都の人が観光客をよく思っていないことを悟りました。

 

京都に「言わない文化」があることは知っていましたが、これは日本全体に言えることでもあります。

 

観光客のマナーに浅草の人もよく「騒がしくて風情が」などと言います。

 

騒がしくしている人達に対して誰か静かにするように言ったでしょうか。

日本に来た外国人に日本のマナーを教えてあげたでしょうか。

 

文句を陰で言うことはあっても直接諭してあげられない日本人は何てスマートじゃないんだと常に思います。

ポジティブに教えてあげればもっと日本のイメージは上がると思います。

 

これは受動的なスタンスから来るものかなぁと思います。

「人に察してもらう」ことが日本人の当たり前なのに対し、他の国では「注意されないことは間違ってない」というのが当たり前です。

 

自信を持ってジャパニーズカルチャーを広めてほしいと思います。

 

 

【お年寄りにもスマートさを】

全然別の話ですが、お年寄りに席を譲るのはけっこう勇気がいりますよね。

ワタシの感覚だと2回に1回は断られるか叱られます。

気分を害す人がいる以上、なかなか立ち上がれない、そもそも声をかけるのが難しい、といった人が多いのはよく分かります。

でもこの話、実は社会問題になっています。

お年寄りに席も譲らずスマホをいじっている人が増えているというのです。

これは鉄道会社の広告なんかでもよく見かけます。

この前、ツイッターで

「バスでお年寄りが先に座っていた子どもを引きずり下ろした」

という動画を見ました。

賛否あるとは思いますが、「うーん、たしかに最近の子は与えられる経験が多くて与える経験が極端に少ないなぁ」と思います。

本来、子どもが気付いて、言われなくても席を譲るのが一番です。

そこの「常識の差」がトラブルを生み出しています。

そこで、お年寄りにもスマートに

「目上の方を立たせて私が座るのは私の気が済まないので座っていただけますか?」

と言うことができれば変な気遣いもトラブルも無くなるんじゃないかと思いました。

ワタシもまだ出来ていませんが書いてしまった以上、やらなければならないのでやります。

また結果を書かせていただきます。

【マタニティマークにもスマートさを】

ところでこちらをお読みの皆さんはマタニティマークって知ってますか?

もちろん知ってるよ、って感じだと思うんですがワタシはよく知りませんでした。

そもそもワタシは男なので(っていうのも言い訳ですが)電車でマークを意識することすら少ないですし、それの意味もよく分かっていませんでした。

画像は何やら権利の問題があり、使えなかったのですがピンクの親子が描かれたあれです。

マタニティマークは本来、妊婦が緊急時(例えば体調が悪くなった時)、適切な対応をしてもらうために存在しています。

それは世の中の一般に知られたイメージとは大きく異なります。

「電車で席を譲ってもらう」

というような安直な感覚で認識していましたが、

実際には

「急な衝撃や接触を避けるため」

「救急車で産科の病院に運んでもらうため」

などかなり緊急度の高い目的で妊婦は付けています。

例えば混雑する電車の中で、押してくる人がいると、つい顔も見ずに押し返してしまうことがあります。

でもその人が妊婦だと知っていたらどうでしょう。

そんな意味のない気分に任せた行為はしなかったのに…。無用な加害者を作らずに済みますね。

マタニティマークの本来の目的は妊婦への一方通行のものではなく、相互への気遣いなんです

だからしんどいから席に座らせてくれ、というのではなく、

「ほんとは座りたくないけど混雑してて自分が座らないと邪魔になってしまう」

というような状況の時に、その人が目の前の妊婦に気付けるようにマークは存在しています。

しかしながら、妊婦の大変さは個人差が大きく、女性だからといって全員が同じ思いをするかというとそうではありません。

比較的男性より女性の方がマタニティに対して優しさを持っていると統計が出ていますが、

中には子どもを持たない、持てない人や同性愛者など現在の社会の括りでは一概に言えなさそうです。

さらに妊娠初期の「つわり」を例にとっても、

あまり日常に意識しないレベルの人もいれば、

仕事なんて出来る状態じゃないレベルの人もいます。

特に比較的軽めの症状を経験した人が、重篤な症状の人に対して、「そんなに大袈裟にしなくても…」なんて言うことが実は多いみたいです。

理解を得づらいマタニティマークですが、何がスマートなのか、という観点で社会全体で子育てをしていく気概が必要なんじゃないかと思いました。

韓国では地下鉄の優先席とは別に妊婦専用席がありました。

イタリアでは歩行者がいると車はどんな状況でも止まってくれます。変なプレッシャーをかけられる事もないし、クラクションは歩行者に対しては鳴りません。

 

 

ワタシの考えるスマートさの概念は恋愛経験からくるものが多いです。

 

明確に書いてはいませんが、要するにダサくならない、地球上の全員からモテよう、という心持ちです。

カッコつけることとも違います。

他人に合わせることとも違います。

相手が求めることをしようと言うことです。

 

みんながスマートになれば平和な世の中になると思います。

ではまた、또 보자!